戦争童話集

「戦争童話集」野坂昭如著

・・・

焼跡に始まる青春の喪失と開放の記憶。戦後を放浪し続ける著者が、戦争の悲惨な極限に生まれた非現実の愛とその終わりを<8月15日>に集約して描く万人のための、鎮魂の童話集。

・・・

と本の表紙にかかれているけれど、それはそうですが15篇の短編はどれも大変美しく、読むと静かな感動と鎮魂の思いが心に波打ってくる小説です。

15篇の書き出しはいずれも、昭和二十年八月十五日の1行から始まります。

あの悲惨な戦争の渦に現状がわからなまま巻き込まれた、小さな小さな幸せを守りつつ死んでいった(殺されていった)人々子供や動物の物語が書かれています。

大人も子供も万人が読み心に刻み込むべき感動の小説でした。

読んでください。

カテゴリー: 児童書, 小説, 未分類 | コメントする

蜜蜂と遠雷

「蜜蜂と遠雷」 恩田陸 著

3年に一度開催される国際的にも有名と言われる芳ケ江国際ピアノコンクールに挑む若者がテーマです。

この本は直木賞と本屋大賞をW受賞し文庫化されたので購入しました。

日頃からピアノ演奏を聴くのが好きだし。

粗筋はうまく簡単に書けないので、幻冬舎からの宣伝文章を書き写させてもらいます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ピアノコンクールを舞台に、人間の「才能と運命」、そして音楽の「一瞬と永遠」を描ききった青春群像小説。

・自宅にピアノを持たない少年・風間塵  ・天才少女としてCDデビューしながら突然ピアノが弾けなくなった栄伝亜夜 ・音大出身、妻子持ちのサラリーマン高島明石 ・‘完璧な技術と音楽性の優勝候補’とされるマサル・C・レヴィアナトール

彼ら4人の天才たちが繰り広げるコンペティション(競争)という名の自らのとの闘い。第1次から第3次予選、そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

<譜面通りに正確に作曲者の気持ちを感じながら、ピアノをうまく弾くこと>だけでは優秀なピアニストとして評価されないということは、よく言われていることです。だから日本人は優勝しないとか、、、。

一次予選は書類選考で選ばれた90人。第二次予選に残ったのが24人。3次予選で残ったのが12人。

さて上記の4人うち優勝するのは誰か?

1次から3次まででの選曲は何曲あると思います?バッハ、モーツアルト、リスト、ブラームス、ショパン、ラフマニノフ、ストラヴィンスキー、ドビュッシー、ベートーヴェン等々(本の巻頭に曲が全部書かれています)作曲者の名前は知ってはいるけれど、第○番〇〇曲と言われてもさっぱり分からない。

だからでもあるでしょう読者のために一つ一つその演奏曲から醸し出されてくるイメージなどの解説(?)があり、その曲をどのように演奏されているかの批評が審査員の言葉で述べられています。それはそれ恩田陸さんW受賞作者でもあるから、曲の持つ幻想的な描写などが見事に書かれている。

「蜜蜂と遠雷」という題の意味は、読むとわかるので読んでみてください。

 

興味深く感動もしながら読みましたけれど、途中何度もウトウトしてピアノが奏でる夢の世界に導かれました。

ピアノ曲に詳しく、演奏を聴くのがとてもお好きな方は読まれると感動されるでしょう。

心配なのは、ピアノを弾くのを普通に楽しみにしている人たちはこの本を読むとピアノを弾くのが好きと人に言うのが恥ずかしくなるんじゃないかと思いました。

私はピアノを弾けないからいいのですけれど、、、。

 

 

 

カテゴリー: 小説 | コメントする

「侍」 遠藤周作 著

再度キリシタン関係の小説です。

侍・支倉常長(はせくらつねなが)をモデルにした小説です。資料としては数少ない史実を元に、著者が思いを馳せて書き上げた作品です。

時は1614年、徳川家康がキリシタン追放令を発布し、多くの殉教者を生み、バテレンや高山右近などの大名も国外追放となり布教活動は終結を迎えることになったときのことです。

仙台の藩主伊達政宗は地元にノベスパニア(メキシコ)との貿易をおこし長崎のような貿易港を月の浦の入江に持ちたいとの野望を持っていました。そのため江戸で通詞を務めていた布教を再建したいという密かな野望を持つ宣教師のベラスコと、キリシタンのことなど全く関心もないむしろ嫌っていた出征欲もない田舎侍の支倉六右衛門を使節に選びノベスパニアに出帆させたのです。2ヶ月を掛け荒海を超えてようやくメキシコにたどり着くも日本では、ますますキリシタンは撲滅され貿易も楽観視は出来ないという情報が現地にもたされていて、メキシコの教会からも住民からも全く歓迎されません。こうなると後はローマ法王に直訴するしかないとベラスコは思いローマにまで足を延ばします。ベラスコが率いる支倉達日本人達は、日本での布教が貿易を呼び起こすのだといわれ、全くキリシタンになる気はないのに洗礼をうけます。それも功をなさず散々な目にあって帰国するのですが待ち受けていたのは、東北にまで及ぶキリシタンへの迫害。外国との通商も禁止されていたのです。支倉達は信仰心はまったくなくして洗礼を受けたことをお上に訴え、キリストへの教えをむしろ喜んで捨てたのにかかわらず聞き入れられず支倉一族は潰されてしまう。

絶対の権威のあるお上の命に従い、ノベスパニアに送られ、不本意ながらキリシタンになったのに無残にも切り捨てられた侍支倉は、自分がこれまで深く考えもなしに信じていた神って何なんだろう。彼の地では、神としてどこの家にでも掲げられ崇められていた見すぼらしい磔刑に処された一人の男の姿が脳裏に浮かぶのであった。

旅の途中で出会ったボロをまとった元修道者の日本人の言葉「その人、我らの傍らにまします。その人、我らが苦看の嘆きに耳を傾け、 その人、我らと共に泪ぐまれ、 その人我らに申されるには、現世(うつせみ)に泣く者こそ倖いなれ、その者、パライソ(天国)にて微笑まん。」に思い巡らすのでした。

遠藤周作は「この本は自分の生き方について書いたものです。」と言っておられたという。

確かにキリスト教を信じることの深い意味、重み、禍などが、書かれていると思いました。

遠藤周作も私も幼児時に自分の意志もなく洗礼を受けたので、キリストへの信仰心について感じるところに共通点があり大変興味深く読みました。

 

カテゴリー: 小説 | コメントする

ガラシャ

「ガラシャ」 宮木あや子 著

この小説に描かれる細川ガラシャ夫人はまたまた違った視点からなります。

戦国時代、権力争いによる戦続きの世、翻弄される男たちの影には家を守る女たちも存在します。政略結婚が当たり前、側室も当たり前のなかに生きる女たち。

キリシタンに救いを求め命を神に捧げた聖なる細川玉カラシャの生涯には信長に謀反を起こして殺された明智光秀の影響も濃くありそのお家騒動のなかに生きる人々のことが、この本「ガラシャ」から「そっかあ、そういうことかあ」とかいう感じで読み取ることが出来ました。

物語の軸になるものは、<戦国純愛絵巻>であり、嫁いだ後にはじめての恋を知った玉子はガラシャと名を改め、異国の神に祈り続ける。彼女に献身的に使える侍女糸もまた(注:先日紹介した芥川龍之介の「糸女の覚書」はガラシャを斜めから見た糸女という侍女だったが)、報われぬ愛に身をこがし神に救いを求め、玉子にもキリシタンへの道に導く。

父・明智光秀、夫である細川忠興、舅の幽斎―想えば想うほどすれ違う恋人たちを描く渾身の恋愛長編。

もちろんフィクションの小説ではあろうとは思いますけれど史実を忠実に調べそれを小説に膨らませて、現在にも通ずる女性の胸の奥に秘められた思いを垣間見ることができ興味深く面白く読むことが出来た。

特にキリシタンの関心のある方に読ませたい本でした。

カテゴリー: 未分類 | コメントする

火花

「火花」又吉直樹 著

お笑い芸人の又吉さんが2015年の芥川賞を受賞と聞いた時は驚きました。又吉さんへのインタビューで愛読書が太宰治というのも聞いて正直言うと少し驚きました。お笑いの人の愛読書に結びつかなかったからです。ベストセラーになった「火花」に興味があったけれど、タケシさんやタレントさんの書籍を読んで感動しなかったから購入しなかったです。恥ずかしながら完全にタレントさんに対する偏見でした。

又吉さんの漫才は聞いたことがなく彼のことを知らなかったのですが、その後、時々テレビに登場される又吉さんを知り大変好感を持ちファンになりました。なかでもEテレのヘウレーカという番組は大変おもしろい。又吉さんが自然界の不思議を専門家から説明を受ける番組です。これまでの放映ですごく感動したのは「隙間植物」についてと「蟻」についてです。そのことを研究されている専門家と街を歩きながら説明を受ける番組ですが又吉さんの口癖「うーん。なるほど。ふんふん。」といいながら、発せられる質問とか相槌が優れたお笑い芸人にしか出来ない発想がありとっても面白いのです。そして口調がとても物静かというところが高感度大。やさしい大阪弁がとても良い。さんまさんのようにやかましい大阪弁でないところが良い。

さて「火花」ですが、図書館で見つけました。

主人公の徳永が漫才を志し同級生の相方山下と組んで、東京に出て小さな事務所に所属しながらスパークスという名前で小さな舞台に立たせてもらいながら修行をする話です。熱海の花火大会見学の群衆の前に前座として設けられた舞台で、誰からにも無視され受けない漫才を披露していたとき、アホンダラという漫才コンビと同じ舞台になり、アホンダラの4歳年上の神谷さんに衝撃的に惹かれ師匠にしてもらうことから話が始まります。

徳永はスパークスとして東京で、神谷はアホンダラとして大阪の舞台を回りながら、二人は師匠と弟子の関係が続きます。二人の生活、二人の会話は漫才そのものの本質を突くものであり、私はどんどんひきつけられました。

「火花」は単なる人気ものになった漫才師のシンデレラストーリーではないです。生活苦を経て成功する話は当たり前。それよりか、お客さまが喜ぶ、驚かせる、笑わせるネタを血の汗を流しながらも考えぬく技。でもそれは頭で考えるようでは偽物、日常の生活、日常の会話は体から自然に湧き出る面白いネタとならないと本物にはなれないというストーリーです。

弟子になった徳永に著者はダブらせているようですが、時には神谷に著者の思いを紡いでいるように読まされました。

「火花」を読み、漫才師に隠された才能と努力にリスペクトする気持ちになりました。

でも、芸人さんの中で、人の体について冷やかして笑いを呼ぶことや、頭をたたいたりする仕草で笑いを取ったりするのは本物でないと思います。またそのことを笑う大衆にも同調できません。

今、又吉さんは相方と別れざるを得なくなり漫才をやめて小説家になられつつあるとか聞いてますが、軽い大衆におもねることなく、今の自分を大切にしてほしいなと思いました。

カテゴリー: 小説 | コメントする

奉教人の死

「奉教人の死」 芥川龍之介 著

「鼻」「くもの糸」「芋粥」「羅生門」「杜子春」他数々の名作を上梓し35歳で自殺をした芥川龍之介。

彼の作品には4つのジャンル「王朝もの」「時代もの」「児童もの」に加えて「キリシタンもの」があるということを友人のY.H女史から教えてもらって初めて知りました。

彼女おすすめのキリシタンものの中から「奉教人の死」を早速アマゾンから取り寄せた。(新潮文庫430円也)

(「奉教人」というのはキリスト信者のことを言います。)

1549年イエズス会神父のフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、多くの奉教人、キリシタン大名を生み出してから、徳川時代までにわたる間の、禁令と拷問に屈せず殉教したキリシタンたちの物語を、龍之介は遺された逸話や史実に基づいて数々の短編小説を書いたのです。

「奉公人」は11の短編小説からなっています

私はカトリック教徒でもあり殉教者の人々を聖人とおもい敬っていましたが、芥川龍之介はキリシタンの人々も、特別な人間ではなく、悩みも持つ喜怒哀楽をもつ人々であり、またそうであるからこそ彼らの生き様は人の心を揺さぶるものであったということに興味を持ち小説にされたのではないかと思いました。

中でも、さもありなんと考えさせられながら読んだのは、明智光秀の二女の細川玉、洗礼名ガラシャの殉教までを書かれた「糸目覚書」です。夫人の侍女糸目がお側に仕えながらメモしたという形態で書かれています。糸目はキリシタンには無関心な侍女です

私は細川ガラシャ夫人を超人的な罪の汚れのない純真な聖なる殉教者としてイメージしていたのですが、どうもそれだけではないらしかった。おらっしょ(祈り)を唱えながらも苛立ったり威張ったりするガラシャ夫人の日常の様子を遠慮もなく日記(覚書)として書かれた小説なのです。

滑稽で人間味溢れたガラシャ夫人。と言えば不謹慎と言われかねませんが、今までよりもさらに敬う気持ちになりました。

カテゴリー: 小説 | コメントする

ホーリーマザー・ポイズンドーター

「ホーリーマザー・ポイズンドーター」 湊かなえ 著

「聖なる母によって拘束された娘」とでも訳しましょうか、娘に自分の思いのたけの愛を注ぐ母親と、それに逆らえず人生を狂わされてしまった娘(息子)の話とでも言いましょうか。そんなお話が6話語られる。

湊さんの作品は人物の突き詰め方に容赦がない。心の奥底に隠し持つ黒い塊を的確に探り当て、引っ張り出して白日の下に晒す。(清水友佳子解説より。)

私もそう思う。聖なる中に醜悪が潜み、弱者の中に強者が潜む。

救いのない結末の中にももがきながらも生きる人間への愛と祈りが込めらている(清水友佳子解説より。)

私もそう思う。

おそらくこの本を読んだ人は、自分にも心当たりがあると思うに違いない。

私にもある。

そういう親子関係で悩んでいる最中の友人知人がいる。

この本を読むと自分の親子関係を見直し他人への慈しみ思いやりの心が芽生えて静かな気持ちになれる。

とても良い本。万人によんでもらいたち本でした。

 

 

カテゴリー: 小説 | 2件のコメント

神様の住所

「神様の住所」九螺(くら)さらら著

2019年を迎えました。

お正月にふさわしい呑気に楽しみながら読める本として革新短歌作者“くらさらら”さんの「神様の住所」を手に取りました。

現代短歌の先駆者、俵万智さんの「この味がいいねと君が言ったから7月6日はサラダ記念日」という句が出て話題になったのは30年も前のことでした。

現代短歌にはあまり馴染みがないのですが、カバーにある「短歌がいり口で、宇宙が出口」という、革新短歌の宇宙を、哲学的な輝きで新たに飲み込むという紹介文に惹かれて買いました。

本書の楽しみ方として、<テーマに応じた短歌を冒頭にして、その短歌についての解説とも読めるような散文、そして最後にまた短歌、という項目が全部で84ほど収録されています。>とあります。

さて、楽しみながらページを繰ったことは実にはっきり言えますが呑気には読めませんよ。

深く・じっくり・考えさせられる・楽しく・面白い・考えもつかない発想の項目がぎっしり。

1項目2~3ページですがその1項目で手が止まり頭が回転、、、、。

たとえば

・部首の項  空の部首はあなかんむり宇宙はうかんむり空は穴宇宙は【果・端】のない穴

→雑感→乙の名はつりばりである乙女とは春を釣り上げる清きフェロモン

・ふえるワカメの項  クローンとかAIとか言う前にふえるワカメの森に行こうよ

→雑感→竜宮で浦島太郎がお土産にもらった箱には増えすぎるワカメ

・ものごころの項  ものごころついたころからみぞおちの辺りに棲みついたかなしい魚

→雑感→「ものごころ植物園」に入ってくそこらじゅうで発芽するものごころ

読みたくなりませんか?裏切られません。1700円の価値あります。

おりしも昭和天皇が推敲されたという和歌の数々が発見されて新聞に取り上げられていますが、5・7・5・7・7の五句31音の中にここまで心に湧き出る思いを深く表すことのできる和歌ってすごいなあと今更ながら感動し、日本古来の文芸を大切に守りたい、というか、守ってくれる人がいてほしいと思いました。

 

カテゴリー: 文芸 | コメントする

シャーデンフロイデ

「シャーデンフロイデ」 <他人を引きずり下ろす快感>中野信子著

著者の中野信子さんは最近テレビにもコメンテーターとして出られることがあり、おっしゃることに同意することが多くどんな女性なのか関心があったのでこの本を手にしました。

「シャーデンフロイデ」というのはドイツ語で、誰かが失敗したときに、思わず沸き起こってしまう喜びの感情のことだそうです。

「他人の不幸は蜜の味」という格言?日本にもありますよね。

私もそんな気持を持つ自分に気づき自己嫌悪におそわれることがあります。

そのような感情は欠陥ではなく人類みな持っている感情であることを脳学者として解明された書です。

そのDNAについて、中野先生はわかりやすく解説してくださっています。

太古の昔から嫉妬心や優越感から戦争殺戮が繰り返されるのはそのDNAのためで、現にその行為を危惧する宗教者や哲学者や著名人たちの意見もあります。(政治家には少ない?)人が持つ良心が、混乱を修正してくれます。

DNAの感情はオキシトンというホルモンが脳内に発生し気に入らない他者を殺そうとするらしいです。。

攻撃と抑制のバランスが世界の平和を保つために重要なのです。

そのへんのバランスについて去年6月に紹介した箒木蓬生の「ネガティブ・ケイパビリティ」にも書かれてたなあと思い出しました。

脳学者中野信子さんの説明をなるほどと興味深く読みましたが、ここであなたに解説する力が私にはないので、どうぞ関心のある方は是非読んでください。

ちなみに天地万物を創造された神が最後にお創りなったのが人間(アダムとエヴァ)で神は二人を楽園に住まわせました。

ところがこの二人は悪魔の誘惑に負け罪を犯し楽園を追われることになり、子孫はそのDNA(罪の源 原罪)をもって生まれ、その罪を持った人類が増え続け現在に至っています。つまり性悪説です。

人間の赤ちゃんすべてはそのDNA(原罪)を持って生まれるのでキリスト教(カトリック)では、洗礼によって罪が贖われると言う教えがあり、私も幼児洗礼を受けました。が度々罪を犯すのでDNAを消し去ることは難しいようです。

 

 

 

カテゴリー: 未分類, 随筆 | コメントする

鏡の背面

「鏡の背面」 篠田節子著

大手出版社社長の令嬢として生まれ、親から受け継いだ莫大な資産を、アルコールや薬物依存、性依存、自傷行為といった問題を抱える女性たちの救済のために自らの人生を捧げ、彼らと生活をともにしていた、神様とも言われるぐらいに尊敬されていた小野尚子が宿舎としていた軽井沢の新アグネス寮に火事が発生し、尚子は女性たちを助けて焼死する。

ところが警察の遺体の検証の結果、焼死したとされた小野尚子は別人であることが判明する。

その別人は別件で連続殺人犯と疑われている半田明美ではないかという。

小野尚子は半田明美に殺されたのだろうか?何処で?半田明美が小野尚子に入れ替わることは可能なのか?

その事件をスクープしようと女性ルポライターの知佳が真相を追うというミステリー奇怪小説です。

知佳が事件を追う形で話がすすむので、どうしてもインタビューや残された日記などから話が展開する。

内容はおどろおどろしくミステリーの中に深い問題意識も含まれているのにかかわらず、現実味が薄いのが残念だった。

ハードカバーの長編小説でずっしり重く、正直2000円もしたから最期まで頑張って読んだというのが真相。

渾身込められて書かれた力作だということはよく分かったのですが、篠田節子さんごめんなさい。

カテゴリー: 未分類 | コメントする