アルピニズムと死

「アルピニズムと死」山野井泰史著

蓼科でのバザーで、ネパールというとエベレスト。ということもあってか山好きのMさんがラリグランスクラブの話を聞きに来てくださいました。

エベレストというと沢木耕太郎の「凍」(2010年2月4日に紹介)を読まれましたか?と伺うと「読みました。あの山野井泰史さんは沢山本を出しておられます。「凍」もよかったけれど、やっぱり本人の記録には迫力ありますよ。」と聞きすぐにたくさんあった著作の中から「アルピニズムと死」を選びアマゾンで注文しました。

「凍」は山野井泰史の数ある登攀歴のなかでも最難関と言える過酷な悪天候のなか奇跡的にギャチュンカン登頂し生還した道程の沢木耕太郎によるノンフィクション小説でした。「アルピニストと死」は幼少時から40年に渡りあらゆる分野の登山に命をかけて楽しんできたとおっしゃる山野井泰史による登攀記録でした。

ギャチュンカン征服の時は37歳、凍傷で手足の指10本失いもう登山人生は終わりかと思われたのに、不死身の体。またまた数々の限界にいどみ初登攀を記録されています。

何人もの親しいアルピニストの仲間を失い、それでも単独または少人数で、酸素ボンベも使用せずあえて難ルートに命をかけて挑戦し続ける山野井さん。ともに歩む妻の妙子さん。

・・・

山での死は決して美しくない。でも山に死がなかったら、単なる娯楽になり、人生を掛けるに値しない。

・・・

登山ブームは「楽しむだけ」の登山者を生んだ。ネット上には無数の「山」があふれ、メディアはこぞって気楽な山を紹介する。 

それにしても、、、アルピニストはうしなわれつつあるのだろうか。

「どこまでやれるのか」は必要ではないのだろうか。

古典的な考えかもしれないが、僕は、いつまでも限界にむかう道を忘れないでいたいと思っている。

・・・・

 

私は気楽な登山を楽しみながら到底自分には登攀出来ないヒマラヤ山系アンデス山系に挑むクライマーを尊敬の眼差しで仰ぎ見てきました。なのにロープウェイやハイウェイが出来てとても残念な気持ちになっていたから山野井さんたちのような冒険者・アルピニストの夢を壊してもらいたくないと切に思わされた本でした。

カテゴリー: 随筆 | コメントする

老いと収納

「老いと収納」 群ようこ 著

・・・

「あーあ、早く捨てなくちゃ」と、グダグダ言いながら、長年、部屋の中にたまった雑多な物を眺め、そしてため息をついていた日々であったが、その重い腰を上げざるを得ない時がやってきた。

・・・

著者のすまいのマンションの大規模修理工事がはじまるというので、ベランダは勿論のこと居間にも台所にも捨てずに溜まったガラクタを整理しなくちゃ!ということになったいきさつの痛快エッセイ。

衣服・肌着・靴、バッグ・キッチン・本・・それら愛着が無いもの、愛着あるけど全く使わない物たち。ただ捨てるのが面倒でそのまま置いてきた物たち。

思い切ってバッサバッサと捨てる小気味よさ。

その物たちの描写がとてつもなく面白い。

買った時のいきさつ、利用しなくなった理由、捨てきれない気持ち、やっぱり捨てようと決心、が一つ一つリストアップされて具体的に細かく描写されているのが、そうだそうだもっともだ!と私にもピッタリ思い当たる。

私も断捨離しよう!

でも、彼女の場合は一人暮らしで自分の物だけの断捨離だけれど、私の場合は、夫のものと家に置いて出ていった息子たちのものがある。

彼女のように3トントラックで運び出してもらってスッキリとはいかないのが問題。とちょっとテンション下がる。

否、自分の物だけでもスッパリ断捨離しようと決心させてくれた本でした。

 

カテゴリー: 随筆 | コメントする

東京タワー

東京タワー (オカンとボクと、時々、オトン) リリー・フランキー著

著者リリーさんの自叙伝です。

父親の実家・福岡の製鉄の街小倉と、母親の実家・炭鉱の街筑豊の間を、家庭の事情で行ったり来たりの貧しいながらも楽しかった子供時代。

乱暴者のオトンと、自分をしっかり持った明るいオカン。泣き虫のボクをいつもかばってくれたオカン。

筑豊から小倉に嫁いだオカンは結婚3年目に家を飛び出し実家の筑豊に出戻る。

ボクは事情が全くわからぬまま、乱暴者のオトンから離れオカンにくっついて母子家庭、筑豊に住むことになる。

筑豊の街は炭鉱没落寸前の貧しく荒れはてた街でありながら、ボクは守ってくれるオカンに安心して仲良しの友達とつるみながら散々いたずらし放題。勉強には不熱心で貧しさを普通と思い理不尽なことに数多く出会っても、一つ一つそういうものかと経験を重ねながら育って行く。

その身をもって学んでいく情景が痛快で読者の胸に響く。

<親子は誰でも簡単になれる。ところが家族と言うものは、生活という息苦しい土壌の上で、時間を掛け、努力を重ね、時には自らを滅して培うものである。>

<どれだけ仕事で成功するよりも、ちゃんとした家庭をもって、家族を幸せにすることのほうが数段難しいのだ>

<子が親元を離れてゆくのは、親子関係以上のなにか、眩しく香ばしいはずの新しい関係を探しにゆくからだ。

友人、仲間、恋人、夫婦。その一つ一つ、に出会い、それぞれに美しく確かなる関係を夢見て、求める。

しかし願えば願うほど落胆の種になる。失望し、心ちぎられる。>

この本にはハチャメチャな生活状況の描写のなかに、珠玉のアフォリズム(箴言)が満ちている。

15歳で何かを求めて単身東京に出たボクは、学校にも馴染めず生き方もなげやりでせっかく入った大学も放棄、オカンにはそのことを知らせずオカンは知ってか知らずか貧しいなかからボクのことを信じ気遣って学費や生活費を送金してくれる。送金は飲み代家賃滞納のための重なる借金で消えていく。

30歳にもなってやっと生活費を稼げるようになったボクは、故郷で行き場をなくしたオカンを東京に呼び寄せ貧しいながらの楽しい母子の生活もつかの間、ガンに苦しむオカンを亡くしてしまう。

「今思えばあの時のことはこうだったんだ、、」とオカンの底知れない深い愛に気づいて書かれた追悼の小説とも言えます。

私達が我儘な自己中心的な生き方が出来ているのは、陰で自分のことを信じ愛し支えてくれる人がいるからだと気づかせてくれる本。

200万人もの人が「家族」のことに思い巡らせ涙したという。「本屋大賞受賞作」受賞ということに納得しました。

実はこの本を読むのは2度目で一度目はそんなに感動しなかったのですが、今回は孫が大学生になり親元から離れて生活し始めているので感動もひとしおでした。

会話が九州弁なのが、九州に10年ぐらい住んでいたので懐かしい響きが作品に気持ちを導入させてくれました。

 

カテゴリー: 未分類 | コメントする

母のはなし

「母のはなし」 群ようこ著

軽い本を読みたくなって随分前に買った群ようこ著の「母のはなし」を引き出してきました。

そうだった、そうだったと話の筋を思い出しながら読み進めました。

ブログでは紹介しなかったようです。面白かったのに何故かな?

その前に紹介した佐野洋子さんの「しずこさん」(2009年に紹介)と同じように、アカネさん(著者)とハルエさん(著者の母親)との葛藤を描いているところがよく似ていたからかも。

母に可愛がられないで育ち、母を愛せない娘。そんな娘の気持ちに気づかず娘が小説家になって安定した収入を得られるようになったとたんにトコトン娘に甘え、何百万円もの買い物を次々に平気でする我儘放題の母親。

娘はそんな母親に呆れ心底腹を立て文句を言いながらも母の我儘に逆らえず自分の貯蓄がなくなっても高価な着物やあげくのはてには高額な家屋敷のローンまで背負い込む。

佐野洋子さんの場合は我儘母親(シズ子)が認知症になって初めて母親を愛おしく許す気持ちになったのだけれど、この本のハルエさんの場合は最後に、、

・・・・

これまでの自分の過ちは認めず、反省もしないハルエ(母)にたいして、憤っていたアカネ(著者)も、初めて母親の性格に感謝した。ハルエの自己否定が全く無く、肯定だけで生きているのが、とてもいい状態をもたらしているからである。当人に落ち込まれ、後悔され、嘆かれては、身内はどうやって対処していいかわからない。ところがハルエのある意味、自分勝ってで能天気な「自分はすべてよし」というおかげで助けられたのだ。

 ・・・・

我儘な母親に対する娘の最終的行き先としては、シズコさんの場合とハルエさんの場合は違うようにみえるけれど、我儘母親を母親として理解は出来ずとも受け入れることが出来るようになった娘の母に対する容認の気持ちが導き出されている。

母親は自分が親であるという確たる自信で何をしても許されるという我儘と、娘はそんな母親を許せないと思いながらも放り出すことが出来ない愛情があるということである。

佐野洋子さんも群ようこさんも自分の我儘母のことを赤裸々に描く本を発表出来るってことはそれを恥じないとする作者の気持ちの現われかなとも思う。母娘の関係にチョット羨望を感じるぐらいである。

私は二人の息子の母親だけれど、シズエさんとハルエさんの言動に共感するところは全くない。娘と息子では違うのかな。

ウチのように親子で我儘の言えない(我儘を言わない)関係って決して理想的家庭でもなんでもないのかも。

チョット考えさせられる親子関係の本でした。

結論:親子関係はみんな違ってそれで良いのだ!

カテゴリー: 未分類 | コメントする

お父やんとオジさん

「お父やんとオジさん」 伊集院静 著

著者の両親は戦前に朝鮮から日本に渡ってきた在日朝鮮人(韓国人)でした。

戦前、日本からブラジルや台湾などに多くの人々が楽園を求めて渡っていったように、朝鮮から日本に夢を求めて渡ってきた人々が大勢おられたということの実態をこの物語で初めて知りました。

朝鮮から日本に移住した人々多くは差別や貧困から辛酸を嘗め尽くした過酷な生活だったようです。

それでも第二次大戦をくぐり抜けしっかりした生活の基盤を作った人たちもいました。

著者の父はそのうちの一人で、著者が生まれた1950年には日本では戦争後の復帰がはじまり落ち着いた家庭になっていました。

しかし「父は生涯、この話を私にしなかった。母は『お父さんは私の弟を助けてくれた』としか語らなかった。法を犯したことだから」と聞いていたが自分のルーツが知りたくて、父の側でずっと父を支えてきたミシゲンさんから聞いた話をまとめた物語です。
この物語に大きく占めているのが朝鮮戦争(1950年~1953年)のことです。

私は朝鮮を北と南に分裂させることとなった朝鮮戦争のことを深く知りませんでした。韓国内の民族戦争のようなものかなと漠然と思っていましたがそれは間違いで、ソ連がバックにいる北とアメリカ(国連軍)がバックにいる国際戦争であり、朝鮮人民は北方の国民も南方の国民もごっちゃに戦争に巻き込まれてしまって国民全てが自国の戦乱に翻弄され酷いものとなった戦争でした。日本はそのお陰で戦争特需といって、武器の輸出、アメリカ軍への食料の輸出、舟の回旋などで日本はとても景気が良くなり高度成長の先駆けになったのです。

この長編「お父やんとオジさん」をまとめるに私の手にはおえないので、2010年7月5日 読売新聞に紹介されたという記事をネットで見つけたのでコピーさせていただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 塩田が広がる瀬戸内の小さな港町、三田尻(山口県防府市)から話は始まる。13歳のとき日本へ渡り、町に住み着いた著者の父がモデルの主人公<宗次郎>は終戦後、海運などの事業を広げ、4人の子供に恵まれていた。
 しかし、1950年に朝鮮戦争が勃発(ぼっぱつ)し、日本から祖国へ戦後引き揚げた妻の実家から、助けを求められる。妻の弟<金五徳>は北朝鮮のスパイをしたと疑われ、自宅の鶏小屋の下に掘った土の中の穴に隠れているという。
 軍艦や哨戒艇のうごめく海峡を越え、父は救出へ向かった――。
 「父のもとで働いた人に話を聞いたとき、最初は信じられなかった。なぜ、仕事も家庭も順調な人が、妻のために命の危険を冒したのかと。韓国にも取材へ行きました。雑木林や松林の続く山並みは中国山地と似ている。でも、簡単に歩ける場所ではなかった」
 山の尾根を伝い、渓流の水で渇きをしのぎ、ゲリラを避け……。修辞を削(そ)いだ文体で、決死の救出行が刻まれる。金五徳と再会した彼は、民主主義と共産主義のイデオロギーに悩む義弟に言った。
 <生きていれば希望はみつかる>
 「思想より実践。まず生きること。それは、文筆業を30年やってきた僕のテーマでもあります。大学時代に弟を海で失い、前の妻(夏目雅子)を早く亡くしました。人間は息が途絶えた瞬間、夢が消える。親を悲しませる。でも、生きてさえいれば何か光が見える」
 「この作品はよく『在日』一家の話と説明される。でも僕は、時代が特殊なだけで、家族を守ろうとした普通の父親の話を書いたつもりです。宗次郎のような勇気は誰の中にもあると信じています。

 父は一昨年、91歳で往生を遂げた。来日後、一代で事業を築いた男は威圧的で、学生のとき家業を継がないと宣言した伊集院さんと取っ組み合いのけんかもした。
 「負けたくない気持ちはずっとあった。だが、作品を書き終え越えられないと思った。親は越えるのでなく、その人生や家族を思う心を受け継ぐものではないか」
 かつては寡作と言われたが、還暦を迎えて、失敗を恐れることをやめた。「僕の文体に完成形はない」とも語る。少年向け野球小説『スコアブック』(講談社)、俳人の正岡子規を題材にした「ノボさん」の連載を「小説現代」で始めるなど、旺盛な執筆をこなす。
 中でも、祇園の舞妓(まいこ)と大学生の恋を描く『志賀越みち』(光文社)は純愛の美しさ、愚かさを、結末の一点に向かって凝縮した珠玉の作品だ。しかし、その感想を伝えようとすると……。
 「35歳から3年、京都に住んだんですよ。そのとき競輪場によく通ってね、僕。タクシーで片道5000円だから、100回通えば往復で100万円。いつか小説で返してやろうと思ってね。アハハ」
 大きく笑って、遮った。作家の文章に気品を漂わせるのは、この含羞(がんしゅう)である。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

世界国々には報道だけではわからない戦争に翻弄されている人々の暮らしが今も営まれているのに違いないことをこの歳になって気付かされた貴重な本だった。

文中の<生きていれば希望は見つかる>という言葉を胸に刻みつけた。

 

カテゴリー: 伝記 | コメントする

ネガティブ・ケイパビリティ

ネガティブ・ケイパビリティ」箒木蓬生著 朝日新聞出版

答えのない事態に耐える力

 

ネガティブ・ケイパビリティという言葉を初めて知った。

 「ネガティブ・ケイパビリティ(negative capability負の能力もしくは陰性能力)とは、どうにも答えの出ない、どうにも対処しようもない事態に耐える能力」を指します」

という書き出しから始まるが、私にとって取っ付きにくい言葉だった。

でも読み進めるうちに色々な事例の丁寧な説明からよく理解出来た。

世界の悪の根源はネガティブ・ケイパビリティとは反対のポジティブ・ケイパリビティの思考から来るという。

残念なことに現代教育ではポジティブ・ケイパビリティ思考をドンドン養成している。

古代から繰り返される権力争いによる戦争と破壊。

ユダヤ人大虐殺、第2次大戦に突入した日本。ルワンダの民族闘争、ISによるテロ。

それらはみなポジティブ・ケイパビリティ思考によるものである。

著者はその、深く物事を考えずに簡単に答えを出し、その答えを押し付ける風潮に危惧を覚えている。

私も同感である。

 

明日には共謀罪が採決されるという。

日本はポジティブ・ケイパリビティの考えの価値観がはびこり、恐ろしいことになってきたと思う。

連日、共謀罪の恐ろしさについて識者のコメントが新聞に載っているし、テレビのワイドニュース番組でもその恐ろしさが語られ問われているのに、どうしてそんな法案が可決されるのだろう。

どうして自己中で高圧的な安倍内閣が選挙に勝つのだろう。

教育も医療も政治もこうであるべきだという偏った答えを準備しそれを言葉巧みに押し付ける。

それに異議を唱えるものは無視されたり爪弾きされたり抹殺されたりして繰り返されてきた不幸な史実は開渠にいとまない。

国会の答弁は安倍派と反安倍派とのディベートゲームのようだ。

どちらの派も自分達の主義主張だけで、そこにはネガティブ・ケイパビリティの入り込む余地がない。

ネガティブ・ケイパビリティの根底には、お互いに「寛容」と「共感」が無くてはならないというが、それを育てるには時間がないのが現実である。

私ら(少数派意見?)は政治に入り込める余地がない。

この本は世界の情勢に対する不安感を解き明かしてくれる本で勉強になったけれど、なんだかもう間に合わないという絶望で気が落ち込む本でもあった。

政治家、教育者、医者、子育てをしている親に読んでもらいたい本であった。あなたにも!

 

カテゴリー: 随筆 | コメントする

老乱

「老乱」 久坂部羊 著 朝日新聞出版

私も物忘れがひどくなってきた。夫が「あんたは完全に認知症だ!」と言ったので、私はチョットびっくりしたが「そうです。私は認知症です。ですから認知症の人の気持ちを知って、正しい話し方、どう付き合えばいいか?など書いてある本を読んで下さい。」とこたえました。

そのことがよく分かる本が、久坂部羊著の「老乱」である。

妻に先立たれて4年、気丈に立派に一人暮らしを続ける78歳の夫。それを近所で見守る息子夫妻。

私も夫より先に死ぬと同じ状況になるなあと思いながら読み進めた。

一人暮らしを完璧にこなす五十川幸造が、少しずつ物忘れがひどくなり失敗することが多くなった。認知が始まったなと心配する嫁。信じたくない本人と息子。

刻々と認知症が進んでいく状況が、幸造の立場からと、ケアをする嫁、息子の立場からえがかれている。

認知症を認めたくない、失敗を正当化したい幸造の気持ちと、なんとしても認知を食い止めたい嫁の気持ちなど、どちらの苦しみも良く分かった。

精神科医であり小説家でもある久坂部羊の話には説得力がある。本当に勉強になった。

夫に読ませたいけれど勧めにくい。

認知症にまだ陥っていないあなた。是非読んで下さい。

目からウロコ!感動しますよ!

カテゴリー: 小説 | コメントする

神去なあなあ日常

「神去なあなあ日常」  三浦しをん著  徳間文庫

人は、(大雑把に分けてですが、)「山派人間」か「海派人間」に分かれるんじゃないかなと思っています。

「海派人間」の人は、水が好き。海、湖、川、魚、かもめ、ラッコ・・・ など。「山派人間」は葉っぱが好き。山、樹林、草花、小鳥、ウサギに鹿・・・などが好き。

私は山人間です。山の中に小屋を作り年に何ヶ月か暮らすぐらい好きです。

日本の山は人手不足で見放され、荒れ放題となり、そのための災害も頻繁に起こり私も懸念していましたが、最近若者の間に林業が人気になって林業の専門学校が出来たことが今朝のテレビで放映されていました。

たまたま「神去なあなあ日常」を読み終わったときだったので驚き嬉しくなりました。

この学校を希望した若者は、きっと「神去なあなあ日常」を読んだのに違いないです。

そのぐらいに魅力溢れた本でした。

主人公は横浜の都会っ子。平野勇気。18歳。

学校の成績もよくないし、勉強も全然好きでないし、親も先生も「とりあえず大学だけには行っておけ」とも言わないし、フリータでもしながらだらだら過ごせばいいかなと思っていた。

ところが卒業式のあと担任の熊やん(熊谷先生)が「おう、平野。先生が就職先を決めてきてやったぞ」と言って親もそれ良いわと後押しされ、「ええっ?」と考える間もなく、携帯もつながらない神去村(かむさりむら)という山中の林業会社に送り込まれる羽目になりました。

そこには勇気がこれまで見たことのないとんでもない山村の人達の生活が有りました。そんな中で頼りない都会っ子の勇気が、もまれてだんだん山仕事に引かれていくという面白おかしい感動物の林業エンタテインメント小説です。

映画化もされました。勇気が染谷将太、人情あふれる強くて荒っぽい先輩に伊藤英明、憧れの人に長澤まさみで、顔をダブらせて読みました。

四季の移ろう美しい神去村の描写がお見事!神様の宿る神去山と神を祀る神事、マダニやヒルの襲来、恐ろしい山火事。

私も都会育ちなので勇気と同じ気持ちでハラハラドキドキと感動しながら読みました。

 

 

カテゴリー: 小説 | コメントする

さようならの力

大人の流儀7「さようならの力」 伊集院静 著

これぞ「あなたに読ませたい」という本に遭遇しました。

前に紹介した正岡子規と夏目漱石のことを書いた「ノボさん」がとても面白かったので、彼の小説を読みたいと思いながら、小説でなくエッセイ集を手にしました。

4章からなり、1章は「さよならは言わなかった。」2章は「悲しみは、いつか消える。」3章は「どこかで遭ったら。」4章は「去りゆくもの。」です。

項目からみると、とても真面目なお話のような感じですが、全然暗くない。大変深い心に響く話が簡潔にカラリとかかれている。ユーモアにも富んで。

伊集院さんは20代の時に高校生の弟さんを海難事故で喪い、30代の時には前妻の女優夏目雅子さんとの別離を体験されていちじは奈落に突き落とされた気持ちになられたことがありました。

けれどやがて別離を経験した人にしか見えない物が見えてくる!

 

4章の後に加えられた、若者たちに伝えるメッセージの一部を紹介しましょう。

・・・・

どうしたら大人になれるかって?

 

まずは家を出て、一人で風の中に立ちなさい。

そうして風にむかって歩き出すんだ。

歩きながら自分は何者かを問いなさい。

そうすれば君がまだ何者でもないことがわかる。

それでも一人で歩ことがはじまりなんだ。

上り坂と下り坂があれば、上り坂を歩くんだ。

甘い水と、苦い水があれば、苦い水を飲みなさい。

追い風と、向かい風なら、断然、向かい風を歩くんだ。

どうして辛い方を選ぶかって?

ラクな道、甘い水は君たちに何も与えてくれないし、

むかい風の中だけ他人の辛酸の声が聴こえるんだ。

真の大人というものは己だけのために生きないんだ。

誰かのためにベストをつくす人だ。

 (2015年成人の日を迎えた若者へのメッセージを新聞で語った文の一部)

・・

4月から家を離れて東京で下宿をし大学生活を始める孫息子に聞かせたい。

 

蛇足:伊集院さんは大の愛犬家でバカ犬といってかわいがっている犬の名は「ノボ」といいます。

 

カテゴリー: 未分類, 随筆 | コメントする

夫の始末

「夫の始末」 田中澄江 著  講談社

ラリグランス通信134号で紹介した沖藤典子さんの「老妻だって介護はつらいよ」の中に、田中澄江さんの「夫の始末」を何度も繰り返し読んだと書いてあったので興味がわき購入した。

「夫の始末」という題名から、田中澄江さんの夫(劇作家で有名な田中千禾夫氏)の最期とどう向き合うのかという意味かと思っていたら全然違った。

この本は「骨の始末」「花の始末」「夫の始末」「夫の病気」という4つの項目からなっている。主人公は劇作家小説家である絹だけれども、田中澄江自身の生き様を赤裸々に描写した物語ともいえる。

「骨の始末」は、人が死んでからの埋葬(お骨)についての始末のありよう。「花の始末」は愛してやまない(病気とも言えるほど)登山のことと高山植物や野の花との出会いとの始末。「夫の始末」は、夫を殺害して服役中の2人の妻に絹が面会に行き、夫を殺した気持ちを2人に聞いた所、2人ともが晴れ晴れした表情で「すっきりした」と言ったということが土台で、絹は夫のことに始終腹を立てているけれど、恨んだり憎んだりはしたことがないと絹に言わせているので、澄江が夫千禾夫の終末の始末についてのテーマではありません。「夫の病気」は、絹の90歳にもなる夫の病気と看病のことが書かれていて、それははっきり澄江と夫千禾夫のことと思われた。

この本のあとがきに「1995年8月7日 夫ふたたび入院のさ中に」と記されていて、記録を見ると、田中千禾夫は1995年11月に91歳で亡くなっていることになる。

澄江はその4年後に92歳で亡くなった。

この「夫の始末」は、女流文学賞と紫式部文学賞というダブル受賞を受けました。

この4つの始末の物語は夫婦のあり方が深く問われていて、沖藤典子さんが何度も読まれたということに納得でき、私も2度読み返し考えさせられた。

夫婦のあり方にも考えさせられたけれど、私も山が好きなので、彼女の山にたいする憧憬と、同じカトリック信者ということで、信仰のあり方についても、大変興味深く面白く読むことができた。

先週三浦朱門さんが亡くなられ、今話題になっている遠藤周作の「沈黙」を再読したところだったので、カトリック小説家についての関心も深まり良い本に巡り合って満足したことでした。

カテゴリー: 未分類 | コメントする