ネパールの教育 No.2

7月にシスターミリアム金谷が一時帰国されました。
ラリグランス通信10号でお知らせした様に託児所の借り部屋を増やし差額の家賃を1年分お渡ししました。
通信10号の「ネパール教育事情」は大好評でしたのでシスターからも補足していただこうとインタビューさせていただきました。


五十嵐:  
ようこそお帰りなさい。ネパールグッズのお土産も有難うございました。中でもシナモンの葉は珍しく蓼科のお店でもよく売れました。
ノートルダムのバザーでも喜んでいただけると思います。
手作りのターメリックも貴重なもの。これは小分けにして売りましょう。
そうそう毛染めのへナのブラックはダメダメ。試に染めてみましたら真っ黒々になりみんなに大笑いされました。

Sr金谷: 
あら。ごめんなさい。まえにへナで染めると金髪になるので黒いのがないかしら?とおっしゃっていたのを思い出したのですよ。(笑)

五十嵐:: 
今度は何時まで日本に滞在予定でいらっしゃいますか?

Sr.金谷: 
今回は9月10日までの予定です。
いつもラリグラスクラブの暖かいご支援ありがとうございます。
又この度はラリグラス託児所の貸し部屋代金についてのご配慮にも感謝しています。帰国前にJ神父様とお会いして、部屋を昼間教師の事務の為に使わせてもらう許可は得ました。これでプラバ先生も働きやすくなるでしょう。

五十嵐: 
ラリグランスクラブのホームページを見てくださいましたか?スマナさんにネパールの教育事情についてお話を伺ったのですが、、。

Sr.金谷: 
システムについては分かりやすく説明されていてよかったです。ただ、公立校だけではSLC(高卒資格国家試験)の試験で高得点を取る事が出来ず将来の道が閉ざされているような報告にみえましたが、一概にそうは言えませんよ。

五十嵐: 
そうなんですか?公立校と私立校では教科のレベル差が大きすぎ、同じ試験を受けるには公立ではお先真っ暗に思いましたが、、、。

Sr.金谷: 
SLGの試験に高得点を取るために1番大事な事は学校差より本人のやる気です。
本当にやる気の有る子どもは条件が悪い公立校であっても死に物狂いで勉強すれば高得点をとることが出来ます。
現に数年前に公立校からきた11年生が、11年では落第点を取ったけれども、12年生ではクラスの1位になったということがありました。
日本でも例えば東京大学の医学部に入るためには進学校からの方が入りやすいかもしれないけれど公立校から塾も行かず入る子もいるでしょう?

五十嵐: 
成る程。本人の勉強がしたいという意欲の問題なのですね。私立校に行っても意欲がなければダメだとスマナさんも言っておられました。
<今のネパールでは教育が1番大切だ>と私達がバニヤタールやチプリンの子ども達の教育支援をしても成果がないかも、、と心配していたのですが、又気を持ち直すことが出来ました。
「子ども達に意欲と希望をもたせられるように」又「親の理解を深めるために」私達は何ができるかを考えたいです。といっても今のネパールの状態では貧しい家庭の子どもはいくら勉強が出来ても公立だけで力をつけていくには並み大抵な努力では出来ないでしょうね。

Sr.金谷: 
そうですね。ですから金持ち、貧乏の差別なく、全ての子供が幼児期から必要な栄養を与えられ、見る、聴く、話す、交わると言う経験を豊かにもてるように配慮する必要があるのではないでしょうか?
そういう意味で、ラリグランスクラブの皆様が、バニヤタールやチプリンの保育園を支援しておられるのは、とても良い事だとおもいます。
前回、ラリグラス保育園を訪問した時に、子供達の踊りの輪の中に、一人飛びぬけて上手な子がいました。その子は、両親に連れられて移住して行ったのでしたが、移転先でも寝ても醒めてもラリグラス保育園のことばかりを話すので、ついに両親はその子を連れて戻ってきたと言う話でした。
その子の心には、皆と共に踊り、歌い、学ぶ喜びが住み付いてしまったのでしょう。その喜びは、彼女の両親にも伝わり、友達仲間やその親達にも伝わっているのが、見ていてよくわかりました。

五十嵐: 
まあ、そんなことがあったのですか?ラリグランス保育園で学んだ事を喜びとする子ども達がこのように増えて行くことから、明るい展望が開けてくるに違い有りません。
私達も頑張ります。シスター達も健康に気をつけネパールの人々のためにご活躍下さい。
今日はお忙しいところ良いお話を聞かせてくださって有難うございました。

Sr.金谷: 
私の方こそ有難うございました。

 シスターミリアムテレ―ズ金谷
ノートルダム教育修道女会(本部・アメリカ)のシスター。当修道女会では1983年にネパールでのミッションを始め1985年よりカトマンズから西部150キロの山間にあるバンディプール村で教育事業を始める。シスターミリアムは当初からその活動に係わられ、2001年5月マオイストによる学校閉鎖の後,会ではバニヤタール村にラリグランス保育園を立ち上げその担当者として私達の窓口となってくださっています。現在は2003年に再校されたバンデプールのノートルダムスクールに勤務。

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